北朝鮮 金正恩体制

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出典:AFP BB NEWS http://www.afpbb.com/articles/-/3093174

 

金正恩体制へと移行して早5年が経過した。

その間に、特に人事においては目まぐるしい変化が起きている。北朝鮮のような独裁国家: 金王朝、そして謎に包まれた金正恩という人物を理解するために、まずは人事に焦点を当ててみることにする。なぜなら、昇進・粛清の頻度と登用された人物の経歴は金正恩体制の方向性を理解する手助けとなるからだ。もちろん「労働新聞」等、一次資料に沿った分析は不可欠であるが、筆者の能力を超えているのでご容赦願いたい。次に、金正恩体制の方向性についてまとめる。金正恩が"核と経済の「並進路線」"において採ってきた政策を整理したい。そして最後に、金正恩体制の安定性について述べる。北朝鮮崩壊論は妥当なのか否か考えてみたい。

 

金正恩体制における人事

金正日総書記は生前、金正恩体制を支える推戴勢力を構成したとされた。主要人物は金正日総書記の霊柩車につき従った以下の人たち。

李英鎬・・・軍総参謀総長「次帥」、党政治局常務委員、党中央軍事委員会副委員長。

金永春・・・人民武力部長。「次帥」、国防委副委員長、党政治局員。

金正覚・・・軍総政治局第1副局長。「大将」、国防委員、党政治局員候補党中央軍事委員会委員。

禹東則・・・国家安全保衛部第1副部長。「大将」、国防委員、党政治局員候補

張成沢・・・党行政部長。国防委員(→副委員長)、党政治局員候補党中央軍事委員会委員、党書記。

金己男・・・党宣伝扇動部長。党政治局員、党書記。

崔泰福・・・最高人民会議議長。党政治局員、党書記。

引退禹東則(2012年初め粛清)、李英鎬(2012年7月粛清)、金正覚(金永春の後任→2012年10月解任)、張成沢(2013年12月処刑)。

金永春(2012年4月解任)→要職には就いていないが、2016年4月人民軍元帥に昇格。

現役→金己男崔泰福は現在序列6位・7位; 彼らは2011年時の地位を維持している。

共通項粛清の対象は軍人が多い。短期間に昇格・降格を繰り返す。党関係者の処遇変化は少ない

 

上記で金正恩体制初期の人事についてまとめてみたが、なぜ軍人が粛清され、党関係者に影響を及ぼさなかったのか、金正恩本人の権力掌握過程から見ていく必要がある。

2009年1月、金正恩が後継者に指名された。後継者が公式デビューを果たしたのは2010年9月:「大将」に昇格、党中央委員、党中央軍事委員会副委員長(新設)に任命された。金正日体制期機能していなかった党大会、全体会議など公式政策決定機構を正常の戻し、職責を付与することで金正恩の後継体制に正統性を与えようとしたのである。

金正日体制は一般に「先軍政治」「側近政治」であったと言われている。軍の影響力が増す一方、朝鮮労働党の指導部には欠員が増え、組織は形骸化していった。2010年9月に開催された党代表者会は44年ぶり、党大会レベルの会議としては1980年以来だった。

金正日は国防委員長(事実上の国家元首)として、また党規約を改正することでナンバー1である自身の地位を誇示する一方、権力実態の薄かった党に後継者の権力基盤を築こうと試みた。後継者時代が長かった金正日とは違い、若くスイスに留学していた経験もある金正恩には頼りになる側近が少なく、親の権威を頼りに1から基盤を作っていく必要があったと言える。金正日は生前、軍における自身のプレゼンスを放棄しようとしなかった。それは共産圏の崩壊と天安門事件を含む反乱において軍が決定的な役割を果たしたことを記憶しているからだろう。

その結果、短期間の金正恩継承体制づくりにおいて、金正恩本人は自身の影響力を軍に及ぼすことができなかったと言える。一切の影響力を父である金正日が保持しており、李英鎬の抜擢をはじめとして、金正恩後継の推戴勢力に含まれた軍人には金正日の色が濃かった。金正日の死後、金正恩は党・軍・国家のすべての指導的地位に就任するが、当初軍における支配は他に比べ不安定であり、ポストを頻繁に回すことによって、徐々に金正恩は軍に対する権力も掌握していった。

 

現在の政治局常務委員

金正恩・・・党委員長。「元帥」、国務委員長、党中央委員長、党中央軍事委員会委員長、軍最高司令官

金永南・・・最高人民会議常任委員長。

・黄炳瑞・・・軍総政治局長。「次帥」、国務委員会副委員長、党中央軍事委員会委員

朴奉珠・・・内閣総理。国務委員会副委員長、党中央軍事委員会委員

崔竜海・・・党副委員長。「次帥」、国務委員会副委員長、党中央委員会副委員長

 

金永南には外相を長く勤めた経験(1983~98年)がある→名誉職としてのポストが与えられ、ナンバー2にとどまり続けているが、実質的な権力は持たないとされる。長老。金己男は弟。

黄炳瑞金正恩体制で権力核心に加わった新進エリートである。高英姫との縁や金正恩との個人的な関係がある人物とされている。生粋の軍人ではないが「次帥」軍総政治局長という重要なポストを担い、実質のナンバー2とされている。

内閣総理に朴奉珠が起用されたのは過去にも内閣総理の経験(2003~07年)があることに加え、金正恩体制の経済重視の姿勢が実務家登用を促したお陰だろう。

崔竜海の父はパルチザン世代の崔賢である。金正日体制期に「社労青(現在の「金日成社会主義青年同盟)」から頭角を現した。張成沢に近い人物であることあり、昇格と左遷を多々経験→現在の地位に納まっている。

 

金正日体制とは異なり、軍人が政治局常務委員に就くことはなくなった。その背景には金正恩国務委員長の党及び実務家重視の姿勢がある。金正日は軍または人事に関する報告は必ず目を通していたが、経済に関しては側近に任せていたという証言がある。スイスへの留学経験がある金正恩は人民の生活を重視しており、経済政策に力を入れていると言われている。

 

金正恩と現体制の政策志向

先程述べたように、金正恩が経済政策に力を入れていることは間違いない("核と経済の「並進路線」")。ここで、現状の経済発展について簡単に振り返ってみる。

金正日体制で、北朝鮮は「苦難の行軍」(1990年代後半)という危機を経験した。しかし、この「苦難の行軍」といわれる状態は体制移行期までには脱していたようだ。ただし、経済成長は相変わらず鈍く、金日成が50年以上前に提示した「白いコメのご飯に肉のスープ」という目標さえ未達成のまま; 人民は貧しく、テクノロジーが発展した今、情報の流入は人民の反乱の一要因ともなり得る。金正恩は人民の満足を得るために経済成長が不可欠であると考えている。

2013年、"核と経済の「並進路線」"が提示され、2016年5月の第7回党大会で「並進路線」は強調、党規約に盛り込まれた。2012年「新たな経済管理体系」(6.28方針)では、現場の権限を拡大し、2014年「5.30談話」によって、広くインセンティブが行き渡るようにした。「社会主義的経済運営」を保ちつつ、"ウリ"式成長を金正恩体制は目指しており、統計によれば、現状成長率は1%程度といったところである。成功とも失敗とも言い難い。

かつて北朝鮮の貴重な収入源は諸外国による支援であった。金正日体制期には核開発と言うカードを使って譲歩を引き出し、現物及び外貨を得ることによって収入を賄っていた。金正恩は核・ミサイル開発を進め、対話を拒絶しているようにも見える。核・ミサイルは後継者の権威づけの手段にもなっている。しかし、別の角度から見ると、朴槿恵が苦境に陥り乱暴な核・ミサイル発射を控えるようになった。金正恩体制に移行した2011年末以降、アメリカは「戦略的忍耐」、韓国は「非核・解放・3000」、「朝鮮半島信頼プロセス」という名の非妥協政策を採ってきたので、対話・譲歩の余地が少なかったとも言える。

その意味では、韓国において進歩系の次期大統領が誕生した場合、金正恩がどのような対応を模索するのか大変興味深い。というのも、北朝鮮の核放棄も現実味が無い、そして、権威づけに用いられている核・ミサイル開発を停止することは金正恩の正統性にも関わってくる問題であるからである。従来通り、核開発の中断(もしくは廃絶)を条件に経済支援を受けることになるのか(→そして反故にされてきたというのが従来の流れでもあったが)、実質的に交渉は受け付けないという立場を採るのか、まだ明らかではない。

朴槿恵政権誕生の際の先行事例を見る限り、何かしらの挑発を行い、対応を見極めようと行動をとることは予測できる。しかし、一国家としての北朝鮮がどこに重点を置くのか: 核なのか経済なのか、金日成体制時の「並進路線」が最終的に軍事支出に偏りを見せたように、北朝鮮も決断に迫られることになるのではないか。昨今の軍事演習では空軍の活動が控えられていた; 軍事用の燃料が不足していたからだと言われている。制裁の影響力がどれ程大きいのかについてはまだ議論の余地があるが、制裁が全く無意味であるはずもなく、一定程度北朝鮮経済に悪影響を与えているとすれば、金正恩は舵取りする必要が出てくることになる。バランスの変化は確実に生じてくる。

 

北朝鮮崩壊論と現体制の安定性

北朝鮮に関して、真っ先に議題としてあがるのが"北朝鮮崩壊論"の是非である。

金日成死去と「苦難の行軍」時に高まった崩壊論は、一度収まりを見せたが、金正日の健康悪化と比例して、再び加熱した。現在の専門家の意見は五分五分、判断が難しい。

朴槿恵大統領によれば、北朝鮮には体制崩壊の兆候が見えるという。

昨年2月、金正恩国務委員長を呼び捨てで呼び始め、9月には「金正恩の精神は統制不能」であると、敵対心むき出しの格好で避難した。韓国における北朝鮮の動静報道は想像を超えて豊富である。一方、若者の北に関する関心は非常に冷めているという、何とも言い難い現状。ここで韓国に言及することは当記事の射程を超えるので控えたいと思うが、朴槿恵大統領の一連の北朝鮮に対する発言と非難は現状認識から若干浮いているようにも見えた。

筆者は、北朝鮮が崩壊する可能性は低いと思っている。金正恩体制5年間の統治と人事・政策を考慮すると、今後15~20年は現体制が維持されるのではないか。継承から5年が経ち、金正恩は体制を固めることに成功したという結論は早計かもしれない。しかし例えば、①黄長燁のような政府高官の脱北は今のところ見られない、②ソ連や中国とは異なり、人民の生活を統制しているように見える北朝鮮レジームからは反乱が起こる確率は低い→万が一蜂起が実現したところで、朝鮮人民軍が鎮圧をする。

内部崩壊論は根拠が薄くはないか。国際環境の大幅な変化がない限り: 中国の政策が18転換されることを意味するのだが、北朝鮮は現体制を維持し続けるだろう。

 

主要参考文献は以下の通り。

・平井久志『北朝鮮の指導体制と後継ーー金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫、2011年)。

・玄成白『北朝鮮の国家戦略とパワーエリート』北朝鮮難民救援基金翻訳チーム訳(高木書房、2016年)。

・磯崎敦仁、澤田克己『北朝鮮入門ーー金正恩体制の政治・経済・社会・国際関係』(東洋経済新潮社、2017年)。