日本 自民党と派閥

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出典:産経新聞(2017年1月5日朝刊)

 

自民党は何十年も前から派閥政治を続けてきた。党内には複数の派閥が存在し、協力・争いをしながら、力のある派閥が総理を輩出してきた。

しかし今、一般に、派閥の役割は低下していると言われる。主な理由は2つ考えられるだろう。

小選挙区制の導入(1994年)・・・自民党に政治とカネの不祥事が相次ぐ→海部内閣より政治改革の推進→細川政権下で成立。

小泉純一郎による派閥潰し(特に橋本派)(2001年~06年?)・・・密談による森内閣の発足→複数の失言や行動が支持率の低下を招き、辞任→総裁選で小泉純一郎が勝利「自民党をぶっ壊す」。

一方で、派閥の形骸化が進んでいるとはいえ、閣僚や党三役が派閥の意向によって決定されることも少なくない。派閥は一定の影響力を保っていると言える。

そこで今回は、自民党の派閥政治について整理する。①派閥の歴史について触れ、②現在の派閥構成を総攬する。

 

自民党派閥の系譜

自由党系と旧民主党

戦前の二大政党: 立憲政友会と立憲民政党は、戦後それぞれ日本自由党日本進歩党の母体となった。鳩山一郎(反東条系「同交会」)が結成した日本自由党は戦後最初の選挙(1946年4月)で第一党になり、鳩山は当然組閣を試みるが、GHQによる公職追放令が理由でかなわず、後継総裁を吉田茂に依頼→第一次吉田茂内閣が成立した。鳩山が追放解除されたのは1951年6月、紆余曲折(吉田→片山→芦田)を経て、吉田茂民主自由党自由党)が第三次内閣を組織していた。鳩山は党内野党を結成し、自由党は吉田派と鳩山派に分裂することになる。1954年4月、造船疑獄事件に端発した内閣不信任案を吉田茂は乗り越えることに成功するが、自由党鳩山派+改進党(旧民政党系)は日本民主党を結成、保守勢力は自由党民主党に再編成された。

自由民主党自由党+民主党)は1955年11月に結成されている。当時は鳩山首相であり、吉田茂佐藤栄作は当初、保守合同に加わらなかった。それほど吉田と鳩山の確執は大きく、旧自由党系と旧民主党系の派閥が60年の時を経た今も引き継がれ、有力派閥として残っている。

五大派閥(三角大福中)

自由党系を継いだ池田派・佐藤派、旧民主党系を継いだ岸派・河野派・三木&松村派は1970年代、それぞれ大平派・田中派・福田派・中曽根派・三木派と発展、彼らの総称で「三角大福中」と言う。

大平派・・・宏池会として有名。リベラル勢力、穏和。常に党内2・3番手でキャスティングボードを握ることもある。大平正芳鈴木善幸

田中派・・・佐藤派の多数を引き継ぐ。総裁選で角福戦争に勝利→田中角栄内閣成立。党内最大勢力を長く維持し、三木内閣以降は陰の実力者として自民党を操る。当時、田中派番記者は報道各社エースが担当していた。総理大臣を輩出しないことに不満を持つ政治家が竹下登を担いだ: 創政会→経世会

福田派・・・清和政策研究会。非主流派の岸系: タカ派を継ぐ。田中派の対抗勢力。群馬では中曽根康弘と争う。福田自身は大平正芳とも40日戦争を戦った。安倍派→三塚派森派へ。

中曽根派・・・河野一郎系列。ライバルに先駆けて派閥の領袖となるが、小派閥であったため、首相へ上り詰めたのは最後。福田と対立→田中派と協力。渡辺美智雄が後継。

三木派・・・自民党の傍流: 当時は革新系。中曽根派と同じく小派閥。河本派で海部内閣を成立させる。

三角大福中」の後、中曽根内閣の後継を「安竹宮」といったニューリーダーが争い、その後、安倍派四天王、竹下派七奉行YKKと称される政治家たちが国の指導者や派閥の領袖を競い合った。これらの派閥は現在にまで系統を残し、当時の関係性が現在に与える影響も少なくない。

 

現在の派閥構成(人数に関しては2016年8月4日読売新聞を参照)

岸田派 44人(←大平派)・・・伝統のある宏池会を引き継ぐ。岸田さんは以前の宏池会にも増して、主に従順であるように見える: 宏池会は草食動物と言われることもある。2016年11月には、他に遅れながらも派閥研究会を開いた。名誉会長の古賀さんが岸田さんの尻をたたく。野党転落時の総裁はいずれも宏池会河野洋平谷垣禎一)だった。昔、「宏池会のプリンス」加藤紘一がいたが、派閥内抗争に明け暮れる内、分裂、更には加藤の乱という致命的ダメージを負ったため総理大臣になることができなかった。

主な議員: 山本幸三小野寺五典林芳正

額賀派 54人(←田中派)・・・かつての経世会の面影はもはやない。小沢面接と宮澤内閣成立という自民党史に残る権力の行使があった。竹下派七奉行が小渕・橋本系と羽田・小沢系へと分裂。野党時代を経て、橋本・小渕は総理大臣になった。密談による森内閣発足後、首相を輩出できていない。

主な議員: 茂木敏充竹下亘小渕優子加藤勝信尾辻秀久

細田派 96人(←福田派)・・・自民党政権では森喜朗以降、麻生太郎を除いて細田派から首相が選出されている。安倍首相の出身派閥でもあり、現政権を支える。現時点では圧倒的党内最大勢力であり、安倍政権を補佐する裏方の人物も多い。

主な議員: 下村博文柴山昌彦稲田朋美西村康稔萩生田光一世耕弘成橋本聖子丸川珠代岸信夫福田達夫安倍晋三内閣総理大臣就任のため脱会中)

二階派 37人(←中曽根派)・・・二階さんが幹事長になり、一躍脚光を浴びるようになった。江藤・亀井会長当時は小泉首相の「抵抗勢力」に位置づけられ、空転。故中川昭一の所属派閥でもある。亀井→伊吹へと渡り、二階俊博へと継承された。系譜を通しての主義主張が理解しにくい派閥。

主な議員: 伊吹文明二階俊博、河村武夫、中曽根弘文衛藤晟一鶴保庸介片山さつき

山東派 11人(←三木派)・・・旧高村派。現在においても、高村正彦が副総裁になり、大島理森衆議院議長に就任するなど、マンパワーは生きている。派閥としては小規模で度々合併が噂される(特に麻生派)が、過去の伝統が合同を阻んでいるようにも見える。SPEEDの今井絵理子山東派から擁立された。

主な議員: 高村正彦大島理森衆議院議長就任のため脱会中)

他、宏池会系列で、麻生派38人・谷垣グループ、中曽根派から分裂した石原派15人(←山崎派)、新たに結成された石破派20人がある。

*派閥所属人数に関しては2016年8月4日読売新聞を参照。

 

参考までに、自民党の派閥系統図を貼りました。他にもインターネットで検索すると多数系譜が掲載されています。

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 出典:『自民党がよくわかる本』(KKマガジンボックス、2016年)

 

最後に、今後の趨勢と無派閥議員の増加について。

一番大きなトピックは宏池会の再結集(岸田派+麻生派+谷垣グループ)だろう。現状、谷垣さんが満足に活動できていないと見られ、谷垣グループ=有隣会は存続の危機に立たされていると思われる。他では、麻生副総理と高村副総裁の親密な仲もあり、上記の通り麻生派山東派の統合の可能性がある。額賀派はあまりにもだらしがないということで、一部竹下派復活=竹下亘会長擁立の動きがあるようだ。

ところで、無派閥議員は97名おり、細田派と並ぶ規模となっている。例えば、菅官房長官、高市総務相、塩崎厚労相は無所属でありながら内閣の一員まで上り詰めている。派閥に対する国民の忌避感もあり、無派閥が増えている。しかし、派閥忌避の流れも落ち着き、無派閥が力を持つにまでは至っていない。

2016年の夏、自民党の各派閥は精力的に研修会を行った。派閥が形骸化していると言われる一方、自民党員の約4分の3は派閥に所属しており、民主主義国家において数の重要性が失われない限りは、相変わらず派閥が大きな影響力を持ち続ける。参議院選挙後の第3次安倍再改造内閣では、「派閥の推薦は受けない」と言いつつも、派閥のバランスに考慮した閣僚人事が目立った。来年の総裁選を見据え、今年は派閥の動きがまた一段と活性化するだろう。国会議員の仕事は国民の生活を豊かにすることであるが、立法・行政に影響を及ぼす、派閥の動き・勢力争いを見過ぎすことはできない。